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福岡地方裁判所 昭和33年(ワ)341号 判決

原告 安武敏也 外二名

被告 福岡県職員互助会

主文

被告互助会の評議員会が昭和三十三年四月一日なした、原告等が同月三十日までに訴外福岡県庁職員組合に復帰しないときは原告等を被告互助会から除名する旨の決定は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、(一) 被告互助会は昭和二十四年八月福岡県職員の相互共済及び福利増進のために、福岡県職員たるその会員に対し福利、厚生、医療等に関する資金の給付、資金の貸付及び施設等の経営を行うことを目的として結成された社団であるが、その後昭和二十九年四月三日公布施行の「福岡県職員及び福岡県公立学校教職員の共済制度に関する条例」(福岡県条例第二十七号―以下単に「条例」と略称する)及び同年九月十一日公布施行の「福岡県職員互助会運営に関する規則(福岡県規則第六十六号―以下単に「規則」と略称する)によつて規制されるに至つたものである。

(二) 原告等はいずれも現在福岡県職員であつて、原告下司和男、同樗木三郎は被告互助会の結成とともに、原告安武敏也は昭和二十八年二月十七日福岡県職員としての身分を取得するとともにその会員となつたものである。

二、被告互助会の意思機関である評議員会は、昭和三十三年四月一日原告等がビラを配布して被告互助会をかく乱し、もつてその名誉を毀損したとの理由により、被告互助会の福岡県職員互助会規約(以下単に「規約」と略称する)第七条第一項第四号に基き、原告等が昭和三十三年四月三十日までに訴外福岡県庁職員組合に復帰しないときは、原告等を被告互助会から除名する旨の決定をなした。

三、しかしながら、被告互助会のなした右除名の決定は以下の理由により無効である。

(一)  本件除名の決定は「条例」違反の「規約」第七条第一項第四号に基いてなわれたものであるから無効である。

(1)  「条例」第一条には「県職員(非常勤の職員を除く)及び県公立学校教職員(以下「職員」と総称する)は、相互共済及び福利増進を目的とする互助会(以下「互助会」という)を組織する」。と定められているので、福岡県の職員は互助会を組織し、その会員とならなければならないことは明らかであつて、被告互助会も亦その趣旨に則り「規約」第六条において「職員は第二条各号に掲げる職員となつた日から、会員の資格を取得する。」と定め、また福岡県職員互助会規程(以下単に「規程」と略称する)第二条において「規約第二条(会費の範囲)各号に掲げる職員となつた者は、発令の日から十四日以内に会員申告書(様式第一号)を互助会理事長(以下「理事長」という)に提出しなければならない。」と定めて、会員資格の自動的取得と強制加入の処置をとり、脱退の自由を認めていないのである。

(2)  そして、このことは、次のような「条例」制定の経緯に徴しても明らかである。すなわち、

国家公務員共済組合法第八十六条により地方職員も亦同法に基いて設けられた組合の組合員となり、右組合は同法施行規則附則第六条によつて、地方職員共済組合と呼ばれて地方職員共済組合運営規則により運営されているものであるが、この共済組合は右法第八十六条に「当分の間」と規定されているとおり地方職員の共済制度に対する暫定措置として設けられているにすぎないところ、同法以後に公布施行された地方公務員法第四十三条には、地方公務員に対する共済制度はすみやかに実施されなければならない旨定められているので、右暫定措置たる地方職員共済組合以外に、地方公共団体はすみやかに独自の立場において職員の共済制度を確立しなければならなかつたのである。そこで福岡県においては前述のように昭和二十九年四月三日「条例」が公布施行されたのであるから、右「条例」の公布施行後は、互助会は前記地方公務員法第四十三条の規定に則つた共済制度実施のために組織されたものとして、その性格が変更したものというべきである。それゆえ、被告互助会が右のような性格の組織となつた以上、地方職員共済組合に準ずるものとして、会員の資格そう失については、国家公務員共済組合法第十三条に定める事由に限定されるべきであつて、福岡県職員たる身分を有する限りは、会員の資格をそう失せしめることはできないといわなければならない。

(3)  しかるに、「規約」第七条第一項第四号には「会員が評議員会の決定により資格をそう失したときは、会員の資格を失う。」旨規定されているのであるから、この条項は明らかに「条例」に違反し無効のものというべきである。

したがつて、右「規約」の条項に基いてなされた本件除名の決定も当然無効である。

(二)  仮りに、右「規約」の条項が有効であるとしても、本件除名の決定は、原告等が「規約」に定められた除名の事由に該当しないのになされたものであるから無効である。

評議員会の決定により会員の資格をそう失せしめるということは、会員にとつて極めて重大なことであるから、「規約」第九条に定められた一、規約と機関の決定に服する義務、二、掛金を納入する義務に違反した場合に限り、評議員会は会員を除名することができると解すべきである。しかるに、原告等には、右のような義務違反を何等存しないのであるから、本件除名の決定は無効であるといわなければならない。

(三)  仮りに、評議員会が右「規約」に定められた義務違反以外の事由によつて会費を除名できるとしても、その事由は、互助会の性格上真に会員たるに相応しからずとする特別の事由に限られるべきであつて評議員会構成員の個人的恣意に左右せらるべきものでなく、原告等が本件除名の決定の理由とされているビラの配布についても、原告等はビラを個人の資格で配布したものではなく、仮りに配布したとみなされるとしても、右ビラには互助会の名誉を毀損した記事を含んでいないのはもち論他に原告等に何等互助会の会員たるに相応しからずとする事由も存しないから、本件除名の決定は、原告等が何等除名に価しないのになされた著しく不当なものであつて無効である。

(1)  しかして、評議員会が本件除名の決定をなすに至つたのは次のような事情によるものである。すなわち、

原告等はいずれももと県職員組合の組合員であつたが、同組合の執行部はいたずらに理論斗争や政治的運動に走り、組合員の切実な経済的要求や職場の要求を取り上げずにいるという有様であつた。そこでこのような執行部のあり方に不満を抱いた訴外吉田敬之は、自らこれを是正すべく昭和三十二年九月九日行われた組合執行委員長選挙に立候補したのであるが、対立候補側からの「知事のひも付」とか「反動」とかいう宣伝と、選挙規則の不備を利用した組織を通じての弾圧によつて遂に落選した。しかし、右選挙には組合の選挙規則及び同施行規則違反の事実があつたので、右吉田敬之は当時同一職場に勤務していた原告安武敏也とともに、同月十七日組合の選挙管理委員会に対し選挙無効の異議申立をしたが、同年十月十五日右申立を棄却されたため、更に、同月二十八日組合総会に選挙無効の提訴をなしたところ、同月三十日開催された組合定期総会において右提訴もまた横暴な組合執行部の議事運営によつて否決されてしまつた。

しかしながら、当時漸く組合内部に起つていた組合のあり方に対する反省と、執行部に対する批判の声は、右吉田の委員長立候補から組合総会への提訴に至るまでの勇敢な行動によつて、啓発されて更に大となり、原告等をはじめとして組合に加入していることを潔しとしない者が数多く現われ、遂に昭和三十二年十一月に至り約三百名に上る組合員が組合に対して脱退届を提出し(原告樗木は同月十二日、原告安武は同月十八日、原告下司は同月十三日から十八日頃までの間にそれぞれ脱退届を提出した)、同年十二月初旬には組合脱退者によつて福岡県職脱退者連絡協議会が結成され、その会長には訴外村上憲隆、副会長には訴外吉田敬之、同村田茂が選出されるに至つた。

そこで、右のような事態に狼狽した組合執行部は、脱退届を受理せず極力脱退届を撤回するよう説得する一方、原告等及び訴外吉田敬之、塚本桂を集団脱退の主謀者とみなして組合の分裂を工作する反動の徒ときめつけ、内部に策動して昭和三十二年十二月十日開催された組合の評議員会において、原告等及び右吉田、塚本を組合から除名する処分に付し、更に、組合を脱退する者は被告互助会の会員たる資格をも剥奪されその利益をうけることができなくなるものであると宣言し、且つ脅かすようになつた。

このような情勢が継続している間に、被告互助会の評議委員会が昭和三十三年三月三十一日「福岡県職員互助会掛金率の臨時特例に関する規約の一部を改正する規約の制定について」及び「昭和三十三年度福岡県職員互助会歳入歳出予算について」の二議案のみの審議を目的として理事長により招集開催されたのであるが、右評議員会において、被告互助会の本庁及び福岡の各支会より共同で会員資格そう失の動議が提出され、その提案理由は「原告等及び右吉田、塚本の五名が組合を除名されるまでにとつてきた行為は互助会設立趣旨の相互扶助の精神にかけ、組合が組合員の生活向上、福祉厚生活動の重要な場所として互助会を設立した功績を無視し、互助会の趣旨に違反したことは互助会組織のかく乱を行つたもので互助会の名誉を毀損した。」というのであり、これに該当する原告等の具体的な行為としては、互助会についてのビラを配布したということであつた。そこで評議員会においては、右提案理由について論議はなされたけれども、問題のビラについては配布された事実はもち論その内容について何等検討されず、果して原告等がビラの配布によつて互助会の名誉を毀損したものであるかどうかを深く判断することなく、遂に翌四月一日前記のような内容の本件除名の決定がなされたのである。

(2)  ところで、原告等が配布したビラというのは、前記福岡県職脱退者連絡協議会が昭和三十二年十二月五日福岡県庁各出先機関の総務課長を通じて職員に配布した「組合を脱退した組合員と互助会との関係」と題する印刷物を指すものの如くであるが、右印刷物の内容は、組合と被告互助会とは別個の団体であつて、組合を脱退したからといつて直ちに右互助会を除名される理由はないという趣旨のものであつて、何等被告互助会の組織をかく乱し、その名誉を毀損するような内容のものではない。しかも、右印刷物は原告等個人が配布したものではもち論ないし、仮りに右連絡協議会の一員として原告等が配布したとみなされるとしても、その内容は右のとおりであるから、右配布行為は何等除名に価するような被告互助会の名誉を毀損する趣旨のものではなかつた。

(3)  それにも拘らず、被告互助会の評議員会が原告等に対し本件除名の決定をなしたのは、前記除名決定の内容及びその決定に至るまでの経緯に徴しても窺えるように、次のような被告互助会乃至その評議員会と県職員組合との関係に基因するものといえる。すなわち、昭和二十四年八月被告互助会が結成されるに際し組合が大いに貢献したとはいえ、本来両者は何等関係のない別個の団体なのであるが、組合は被告互助会の機関を通じて同会に大なる力を持つているのである。たとえば、被告互助会の「規程」第二十二条によると、常務理事二名のうち一名は組合委員長の職にある者が当然になり、理事十名のうち五名は組合役員の中から組合の推せんする者がなり、監事五名のうち三名は組合の中から組合の推せんする者がなることに定められている。更に、同「規程」第二十四条によると、評議員は評議員の選出区域及び定数表により所轄区域内会員の三分の二以上の無記名投票による選挙によつて選出することに定められているが、この選出区域は組合の支部設置区域と殆んど同じであるから、当然組合の支部長乃至組合の有力者が被告互助会の評議員となる関係にある。

(4)  これを要するに、原告等が県職員組合のあり方に疑問を抱いて脱退届を提出したことに対する措置として、組合執行部は前記のように原告等を組合から除名する旨の処分をなし、更に被告互助会の評議員会が事実上組合の有力者で構成されていることを奇貨として、本来組合とは関係のない被告互助会からも原告等を除名しようと策動し、その結果、たまたま昭和三十三年三月三十一日開催された同会の評議員会において、原告等に何等除名に価する事由がないのに拘らず、本件除名の決定がなされたものというべきである。

したがつて本件除名の決定は、原告等に除名に価する事由、すなわち、被告互助会の会員たるに相応しからざる特別の事由が何等ないのになされた著しく不当なものであるから無効である。

四  以上のとおり、被告互助会の評議員会のなした原告等に対する本件除名の決定は無効であるから、右決定の無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、答弁として、

一、(一) 請求原因の一、二の各事実は認める。但し、本件除名の決定は、後記のとおり原告等がビラを配布したことのみをその理由とするものではない。

(二) 請求原因の三の(三)の事実中、被告互助会の評議員会が原告等主張の日にその主張のような二議案の審議を目的として招集開催されたこと、右評議員会々議において、原告等をその対象とする会員除名に関する議題がその主張のとおりの提案理由により緊急動議の形で提出され、右会議で審議の結果その主張の日に本件除名の決定がなされたこと、被告互助会及びその評議員会と県職員組合との関係が原告等主張のとおりであること、原告等主張の如き表題、内容のビラが福岡県職脱退者連絡協議会名義で配布されたことは認めるが、右協議会の存否とその役員が誰であるか及び原告等と組合との間の軋轢については知らない。

二、請求原因三の各主張は争う。

(一)  原告等は、「条例」の制定により福岡県職員が被告互助会に強制加入の責務があるかの如く主張するが、「条例」は被告互助会々員より徴収する会費に対する課税の免除をその主目的として制定されたものであるから、「条例」の制定によつて被告互助会が従来の任意加入団体たる性格を変えたものとはいえないのであつて、このことは、被告互助会と同じ趣旨で組織されている福岡県公立学校教職員互助会につき、福岡県公立学校教職員であるに拘らず、右互助会に加入しない者が現存することからも明らかである。したがつて、被告互助会が強制加入団体であることを前提として「規約」第七条第一項第四号の規定が「条例」違反するとの原告等の主張は理由がない。

(二)  しかして、本件除名の決定は、被告互助会の評議員会が互助会の内部規定に基き、民主的運営に即して行つたものであるから、本件は裁判の強権をもつて律すべき事案ではなく、むしろ社会的批判に委ねるべき性質のものであり、この点よりするも原告等の請求は棄却されるべきものである。

(三)  仮りに、裁判所に本件除名決定の効力の有無を判断する権限があるとしても、被告互助会の評議員会は、その作成名義が何人であれ、前記ビラの作成、配布について原告等が主導的役割を果したものであり、右ビラの内容が被告互助会の組織をかく乱し、その名誉を毀損するものであると認めたのであるが、その審議に当つては民主的な運営のもとに長時間にわたり慎重に論議を尽し、原告等が日常諸般の行動において被告互助会内の不統一を招来せしめる態度(右ビラの作成、配布はその一例である)があると判断して原告等を除名する決定をなしたのである。したがつて、本件除名の決定は、原告等主張の評議員会構成員の個人感情に基くものではなく、正当になされたものであつて何等違法の廉はない。

と述べた。

(立証省略)

理由

一、被告互助会が昭和二十四年八月、福岡県職員の相互共済及び福利増進のために、福岡県職員たるその会員に対して福利、厚生、医療等に関する資金の給付、資金の貸付及び施設等の経営を行うことを目的とする結成された社団であること、そしてその後、昭和二十九年四月三日公布施行の「条例」及び同年九月十一日公布施行の「規則」によつて規制されるに至つていること、原告等がいずれも福岡県職員であつて、原告下司和男及び樗木三郎は被告互助会の結成とともに、原告安武敏也は昭和二十八年二月十七日福岡県職員たる身分を取得するとともにその会員となつたものであること、被告互助会の意思決定機関である評議員会が昭和三十三年四月一日原告等がビラを配布して被告互助会をかく乱しその名誉を毀損したとの理由(但し被告は、ビラの配布以外にも被告の統一を乱す行為があつたと主張する)により、「規約」第七条第一項第四号に基き、原告等が昭和三十三年四月三十日までに県職員組合に復帰しないときは、原告等を被告互助会から除名する旨の決定をなしたことについては当事者間に争がない。

二、原告等は、右「規約」第七条第一項第四号は前記「条例」に違反し無効であるから、これに基いてなされた本件除名の決定は無効であると主張するので以下検討する。

(一)  成立に争のない甲第一号証によれば右「規約」第二条第二項後段には県職員であつても評議員会の決定により会員の資格を認められない者は、互助会の会員となることができない趣旨の規定があり、同第七条第一項第四号には、会員が評議員会の決定により資格をそう失したときは会員の資格を失う旨規定している。しかして、成立に争のない乙第一号証の四、五によると、「規約」には条例の制定以前より右各条項と同趣旨の規定があつたことが認められるので、先ず被告互助会の没革についてみるに、成立に争のない甲第一号証、同第十二号証、乙第一号証の一乃至五、同第二号証の一乃至七並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、県職員組合は昭和二十一年二月福岡県庁(本庁、廨)に勤務する職員を組合員とし、組合員の労働条件の維持改善その他経済的社会的地位の向上等を実現することを目的として結成されたが、昭和二十四年当時は組合員たり得る職員約七、八千名のうち組合員として組合に加入していた者は約四千五百名にすぎなかつたこと、そこで、当時の組合関係者は、職員の福利、厚生等の施設の充実のためにも、また組合の組織の拡大強化を計るうえにも、職員の福利厚生等を目的とする組織を設けたいと考え、当時の福岡県知事杉本勝次と交渉した結果、福岡県より職員の福利厚生のために補助金の交付をうけることとなり、昭和二十四年八月一日「規約」が制定され被告互助会が結成されたこと、組合関係者は、組合の組織の拡大強化という見地より、被告互助会に加入する者は必ず事前に組合に加入することを要するという建前にしたいとの希望を持ち、また互助会の結成に当つては、組合の厚生部が発展したような形をとつたのであるが、被告互助会は福岡県より補助金の交付をうける関係上、組合員のみでなく非組合員をも含めた県職員全員を対象とし、その相互共済及び福利増進を目的として結成されたものであること、ところが、その後、組合員たり得る県職員のうちにも互助会にだけ加入して組合には加入しない者があつて、組合関係者が互助会結成当時抱いていた希望と反する傾向が生じたこと、そこで、組合関係者はこれに対する措置として、被告互助会の意思決定機関である評議員会が主として組合関係法によつて構成されているところから、「規約」を改正して(1)評議員会の決定による会員の資格審査、(2)評議員会の決定による会員の資格のそう失の二条項を新たに設けようと考え、昭和二十五年十一月一日「規約」を改正して右二つの条項を設けたこと、なおその際知事、副知事等の非組合員たる県職員は互助会により除外すべきではないかとの意見もあつたが、右新条項の運用によつて実質上の結果をもたらすことができるとして特に「規約」成文化しなかつたこと、かくして「規約」に規定されるに至つた右二つの条項が、現在なお前記のように「規約」第二条第二項後段及び第七条第一項第四号の各規定とした残存しているものであることが認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、「条例」が公布施行されるまでは、被告互助会は「規約」だけにその存立の基礎をおき、これによつて規制されていたために、一面では非組合員をも含めた県職員の相互共済及び福利増進を目的としながらも、他面では前記二つの条項によつて、県職員たるに拘らず会員としないことができるとともに会員の資格をそう失せしめることもでき、その運用次第によつては、組合員のみを対象とした互助会となる可能性を持つていたが、右二つの条項が「規約」に規定されていた以上その効力を否定することはできない状態にあつたものというべきである。

(二)  ところが、昭和二十九年四月三日前記「条例」が、同年九月十一日前記「規則」がそれぞれ公布施行になつたのであるが、前示甲第一号証によると、「条例」第一条は「県職員(非常勤の職員を除く)及び県公立学校教職員(以下「職員」と総称する)は、相互共済及び福利増進を目的とする互助会(以下「互助会」という)を組織する。」と規定し、右「条例」の規定の趣旨をうけて、「規約」第一条は「福岡県職員及び福岡県公立学校教職員の共済制度に関する条例(昭和二十九年福岡県条例第二十七号、以下「条例」という)及び福岡県職員互助会運営に関する規則(昭和二十九年福岡県規則第六十六号以下「規則」という)により組織された福岡県職員互助会(以下「互助会」という)の運営は、この規約の定めるところによる。」と規定していること、右「規約」第一条は、もと如何なる内容であるか不明であるが右「条例」、「規則」の制定に伴い昭和二十九年一月一日現行のとおり改正されたこと、「条例」第三条第二項には「県は、毎年度予算の範囲内で互助会に補助金を交付することができる。」第四条に「知事又は県教育委員会は、職員を互助会の業務に従事させることができる。」と定め、更に「規則」第六条において「互助会は、毎年六月前年度の事業報告書及び収支決算書を知事に提出しなければならない。」と定めていることが認められる。すなわち、被告互助会が福岡県民全体の奉仕者たる県職員会員の相互共済及び福利増進を目的とした組織であるからこそ、福岡県は、これに補助金を交付し、その職員を被告互助会の業務に従事させ、一方被告互助会に対し事業報告書及び収支決算書を知事に提出すべき義務を命じて、これに関心を示しているのである。

したがつて、県職員たる者は、当然被告互助会を組織する一員としてその会員とならなければならず、ただ、互助会が相互救済を目的とする一種の社会保険団体である性格上、保険経済の面からみて加入せることを不可能または不適当とする職員、例えば常時勤務に服しない者及び臨時に雇傭される者はその会員たり得ないといわなければならない。されはこそ、「規約」第六条は「職員は第二条各号に掲げる職員となつた日から、会員の資格を取得する。」と定め、また「規程」第二条は「規約第二条(会員の範囲)各号に掲げる職員となつた者は、発令の日から十四日以内に会員申告書(様式第一号)を互助会理事長(以下「理事長」という)に提出しなければならない」と定め、「規約」第二条第一項各号に掲げる県職員すなわち、一、知事及びその補助機関たる職員、二、監査委員の事務を補助する職員、三、議会事務局の職員、四、法律若しくはこれに基く命令又は条例、若しくは規則により県に設置された委員会の職員、五、福岡県に属する国家公務員たる職員となれば、被告互助会の資格を自動的に取得するものとするとともに、強制加入の処置をとり加入しない自由を認めていないのである。乙第一号証の四五、同第二号証の三乃至五、八乃至十一、同第三号証の四五、同第四号証中、被告互助会及びこれと同様の性質を有する福岡県教職員互助会は「条例」制定後も任意加入の団体である旨の記載部分は、個人的な法律上の見解にとどまり、当裁判所の採用しないところである。

以上要するに、被告互助会は、条例制定後はこれに基いて設けられたものとして、強制加入団体の性格をもつに至つたことは疑いの余地がない。

(三)  次に、右のような県職員と被告互助会との関係を同会の機能の面から考察してみる。

被告互助会は前記のように、職員の相互共済及び福利増進を目的とし、福利、厚生、医療等に関する資金の給付、資金の貸付及び施設等の経営を行う(「条例」第二条)ものであるが、具体的には「規約」第四条第一項に掲げる事業すなわち、一、医療補助金の給付、二、死亡弔慰金の給付、三、出産見舞金の給付、四、乳児哺育補助金の給付、五、傷害見舞金と災害見舞金の給付、六、退職生業資金の給付、七結婚資金の給付、八疾病又は負傷の予防と治療に関する施設の経営、九、物資購売、販売に関する事項、十、その他福利増進に関する事項、十一、厚生慰楽に関する事項、十二、前各号の外、評議員会に於て必要と認めた事項を行うのである。

ところで、国家公務員共済組合法第八十六条によると、地方職員は当分の間同法に基いて設けられた組合の組合員となる旨規定せられているので、福岡県職員は被告互助会とは別個に当然その共済組合の組合員となつているところ、共済組合も、組合員又はその被扶養者の疾病、負傷、廃疾、死亡等に関して、保健給付、退職給付、廃疾給付、遺族給付、罹災給付、休業給付を行い(同法第十七条)、その外組合員の福祉を増進するため 一、組合員の保健及び保養並びに教養に資する施設の経営 二、組合員の利用に供する財産の取得、管理又は貸付 三、組合員の貯金の受入又はその運用 四、組合員の臨時の支出に対する貸付 五、組合員の需要する生活必需物資の買入又は売却等福祉及び厚生に関する事業を行うことができる(同法第六十三条)のである。

それゆえ、被告互助会の事業内容は、地方職員共済組合の事業内容とその項目において重復するものがあるが、それも例えば保健給付についていえば、被扶養者が療養をうける場合共済組合は費用の半額を負担しまたは支払うにすぎないので(同法第三十二条)、残額は職員において支払わなければならないことになるが、被告互助会は医療補助金の給付として共済組合が医師に支給する額と同額を支給するので(「規程」第十一条)、職員は結局費用全部の負担を免れることになる等、共済組合の事業の補充的な性格を有し、また結婚資金の給付等の共済組合には存しない独特の給付をもなしているので、共済組合と被告互助会とがそれぞれの事業を行うことによつて、はじめてより完全な福岡県職員の相互共済及び福利増進の目的が達成される関係にあるというべきである。

されば地方職員共済組合の存在は、被告互助会の性格を前段の如く解するに何等妨げとなるものではなく、却つて前記の如く後者は前者を補充する機能的な面よりしても、被告互助会は地方職員共済組合に準じた組織としてその会員たる資格の取得、そう失については共済組合員たる資格の取得、そう失(国家公務員共済組合法第一条、第十二条、第十三条)と同様に解するのが相当である。

(四)  果してしからば、福岡県職員の身分を取得した者は、常時勤務に服しない者及び臨時に使用される者でない限り、当然に被告互助会員たる資格を取得し、県職員たる身分を有する限りにおいてはその会員たる資格をそう失せしめられることはないというべきであつて、右の判断と相容れない「規約」第七条第一項第四号の規定は、「条例」に違反し無効であると解すべく、右規定に基いてなされた本件除名の決定は、爾余の争点につき判断を加えるまでもなく、既に右の理由によりまた無効であるといわなければならない。

(五)  被告は、「条例」は被告互助会員から徴収する会費に対する課税の免除を受けることを主目的として制定されたものであるから、その制定によつて被告互助会は任意加入団体たる従来の性格を変えたものではない、このことは被告互助会と同様の性質を有する福岡県公立学校教職員互助会において「条例」制定後も教職員であつて右会に加入しない者が存在することによつても明らかである旨主張する。そして、成立に争のない乙第四号証(証人山本滋尋問調書)中には、「条例」制定の主目的について、被告の右主張の趣旨にそう供述記載があり、また、成立に争のない乙第三号証の四、五によれば、福岡県公立学校教職員であるにも拘らず前記教職員互助会に加入していない者が、極く少数であるが現存していることが認められる。

しかしながら、成立に争のない乙第二号証の四、五に同第三号証の二、三を合わせ考えると、「条例」は、互助会員の掛金に対する免税の点もさることながら、それよりも先ず、互助会に法的存立の根拠を与えるとともに、これに対する県知事の補助金交付を明文化することを主眼とし、併せて前記免税の効果をもねらつて制定されるに至つたものであることが窺われるのであつて、前掲乙第四号証中免税の点を主目的として制定された旨の供述記載部分は、容易に信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右に認定した「条例」制定の動機乃至目的は、条例制定者において互助会の性格をその目的機能等に照らし、地方公務員共済組合に準じたものとして理解し、これに条例上の根拠を与えるとともに、条例による規制を加えようとしたものであることを示すものということができ、このことは、前説示の「条例」の各条項に徴しても疑いを容れる余地がない。されば、前認定の「条例」制定の動機乃至目的は、被告互助会が「条例」によつて規制される団体となつた以上、その性格を変えて、地方公務員共済組合に準ずる組織として、強制加入の団体となるに至つたものと解するうえに、なんらの支障を及ぼすものではなく、むしろ、右解釈を支持する論拠の一つに加えることさえできる事柄であるということができよう。なお、県公立学校教職員互助会に加入していない教職員が現存することは、前認定のとおりであるが(たゞし成立に争のない乙第三号証の六、七によれば、県職員であつた被告互助会に未加入の者はいないことが認められる。)、これは、「条例」により互助会に加入を強制されているにも拘らずこれに違反して事実上加入していないまでのことであると解せられるから、かような違法な事実状態の存在することをもつて、互助会の性格を云々することは、当を得ないものといわなければならない。

三、ところで、被告は、本件除名決定が被告互助会の内部規約に基くものであることを理由として、本件は裁判の対象とされるべき事案でない旨主張するのであるが、本件除名の決定のように、いやしくも、ある団体の構成員を当該団体から終局的に排除するような処分については、単なる団体内部の紀律の範囲を越え、構成員個人の一般市民としての権利義務に法律上の影響を及ぼすものというを妨げないから、かような処分について紛争の存する限り、裁判所がその当否について審判する権能を有することは、勿論であり、被告の右主張は排斥を免れない。

してみれば、本件除名決定の当否は、当然裁判の対象となり得べきものであるが、右決定が条令違反の規約に基くものとして無効であることは、既に認定したとおりであるから、右除名決定の無効確認を求める原告等の請求は、理由があること明白である。

四、よつて、原告等の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 村上悦雄 杉島広利)

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